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2007年1月 3日 (水)

新年だからこそ、考える話

おはようございます。

今日は珍しく、午前中に更新です。

さて、新年を迎えて、「あけましておめでとうございます」と言う言葉を聞きます。

では、何がおめでたいのでしょうか? 

『門松は、冥土の道の、一里塚』

という歌もあるように、歳をとるということは『死』に近づくと言う事でもあります。

新年とはいえ、一つの区切りであって、人生の上では通過点に過ぎません。

「旧年中はお世話になりました」などの、今までお世話になったという感謝のご挨拶は理解できます。しかし死に近づいておめでたいとは理解しがたい。

ある方は「一年間、生きられたということで“おめでとうございます”と言うのだ」とおっしゃりました。まさにそうですね。

我々は長生きをしたとしても120年程度です。そして、死んでしまえば、その後の世界・地球・宇宙がどうなるかわからない。

ならば、我々が生きる理由とはなんなのか? 約50億年後には、太陽の影響で地球は滅びてしまうとわかっているのに、なぜ何もしないのか? 

どんな大金持ちでも、死んでしまったらお金は使えないし、残った財産がどうなるのかわからない。

死んだあとに評価されたとしても、本人は知らない。

そう考えると、新年を迎えることに浮かれているのではなく、危機感を持ってやらねばならないのではないでしょうか。

人生は有限であって、その終わりが突然やってくるかもしれない。もちろんゆっくりとした休息は必要だし、重要だと思います。

『言うは易く、行うは難し』

という言葉のように、現実に行動するのは大変です。でも少しずつでも行動していかなければならないなぁ、と新年だからこそ考えました。

今日はこれでおしまい……かな? お疲れ様でした。

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