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2006年2月26日 (日)

生命の多様性

時間が出来たので、今日はいくつかお話をしましょうね。

まずは、生命の多様性について。

例えば、新型のインフルエンザを取り上げましょうか。あれはなぜ恐ろしいのかというと、人類は新型インフルエンザに対する抗体がないからなんですね。

つまり、感染したらウィルスに対抗できずに死んでしまうって事なんです。そういう場合の対処法はどうするのか。簡単に言えば他の人間に感染しないように隔離し、その間にワクチンを作るって事です。

ただ、ここにはいろいろな要素があります。

一つ、感染したからといって100%死ぬとは限らない。本人の抵抗力や何らかの原因によって死ぬまでに体内で抗体が生成され、生き延びる。

二つ、隔離したからといってその間にワクチンが完成するとは限らない。時間稼ぎをしたからといって100%ワクチンが完成する保証はない。

三つ、ワクチンが全ての人間に効くとは限らない。それに副作用が発生する可能性もあります。

といったように、一つの事象に対して様々な事が起こりえる訳です。

しかし、根本的に解決する、というかもっと広い視野で考えてみるともっと単純なんじゃないでしょうか。広い視野とは生命全体で考えた時です。

我々を含めて地球上には実に多種多様な生命が存在します。単純に考えればこれほど複雑に多種多様に進化する必要は無いわけです。単一の生命体を増殖させた方が効率もいいし、楽なはずです。

ですが、単一な生命には弱点があります。それはその生命にとってある決定的なダメージを受ける事象が発生した時、単一であるがゆえに全滅しかねないって事です。

それを防ぐためにたった一つの細胞が植物、昆虫、犬、人間というように多種多様に進化していったわけです。そう考えると例え人間が絶滅したとしても生命全体で考えれば、その多種多様な選択肢の一つが消滅したに過ぎないのではないでしょうか。

もちろん、人間だって種が途絶えないようにワクチンを開発したり道具を作ったりするでしょう。でも人間が対処できる事なんてちっぽけなものです。滅びるときは滅びちゃうんでしょうね。

でもある意味、インフルエンザで我々人類は滅びても他の生命体は生きられたわけです。生命全体で考えれば「生命体」を未来へとつなぐ事が出来たってことです。多様性のおかげでね。

確かに各種の生存競争で競合したとしても、それは未来へよりよい生命体を残すため。地球上に生命が誕生して何十億年、どれだけの種が絶滅していったのでしょうか。それでも生命体としては現在まで存在する事が出来ました。それは例えば恐竜が可能性の一つを背負い、滅んでくれたおかげなのかもしれません。

ですから、例えゴキブリでも、くらげでも、意味もなく全てを隔離したり排除したり滅ぼすって行為は愚かなのかもしれません。ここで言うのはあくまでも「意味もなく」って事ですのでお間違いなく。

まあ、なんにしてもいくら排除しようが隔離しようが次に繁栄を控えているであろう生命体は必ず存在しているでしょうけどね。

という訳で、一つ目の話は終わり。

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